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バーンリーとチェルシー

月曜日のホームでのリーグ戦、バーンリー戦を前にチェルシーとバーンリーで活躍した選手を見ていこう。

両チームで活躍した選手はそれほど多くはないが、イングランドのフットボールの歴史では違った歩みを進めてきた両チーム。ここではこの二つのチームで活躍した選手を見ていこう。

イアン・ブリットン

30年前、ブリットンはバーンリーのフットボールリーグ残留を決めるゴールを決めた。彼はまたチェルシー時代でもヒーローとして活躍。ブリットンは1977年チェルシーのリーグ昇格に貢献し、自身もチェルシーで300試合に出場した。そして昨年病気のため亡くなった。

ギャリー・ケイヒル

チェルシーで主要なタイトルを獲得する前にケイヒルはバーンリーでプロとしての第一歩を踏み出した。水を得た魚のようにチャンピオンシップで活躍を見せ、プレーヤー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

フランク・シンクレア

何でもこなした彼はこのクラブでも活躍。そして1998年のリーグ杯ミドルズブラ戦では記憶に残る決勝点も決めている。そして驚くべきことに40代になってもプレーを続けた。ターム・ムーアでもケイヒルとともに3年間プレーしている。

トミー・ロートン

故郷でもトップスコアラーとして活躍したトミー・ロートンはエヴァートンからチェルシーに移籍。チェルシーでも数多くのゴールを記録。これよりも前に所属していたバーンリーでは17歳でスパーズ相手にハットトリックを決めるなど才能を見せつけた。

ピーター・オダウド

ターフ・ムーアでセンショーナルな活躍を見せたピーター・オダウドは5,250ポンドでチェルシーに移籍。当時、ディフェンスとしてはかなりの高額であった。彼はイングランド代表としても出場を果たす。彼のプレースタイルは称賛を浴びたものの、フランスのクラブであるヴァランシエンヌに移籍した。

ジョン・ハーレー

ハーレーは11歳でこのクラブと契約し、10年間チェルシーに所属。それでもグレアム・ル・ソーやセレスティン・ババヤロが所属していたためチェルシーでのプレー機会は限られたものであった。しかし2000年のFA杯優勝時には活躍を見せ、決勝までの全試合に出場した。

ジャック・コーク

アラン・コークの息子である彼は1988年のFA杯優勝時にプレー。彼はチェルシーアカデミー所属であるが、そのままチェルシーのトップチームで活躍することはできなかった。バーンリーにローンで2年間移籍すると、4-2と勝利したスパーズ戦でもゴールを決めている。その後サウサンプトン、スウォンジーに移籍し、再びバーンリーに戻り、チームの中核を担った。

ダミアン・マシュー

怪我がなければ、80年代後半から明るい未来が待っていたであろうマシュー。バーンリーでより出場機会を増やし、29歳で引退することとなった。監督としてフットボール人生を過ごし、チャールトン・アスレティックでも監督を務めた。 

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