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準決勝は渡さない

ヨーロッパリーグ準々決勝ではスラヴィア・プラハを2戦合計5-3で破ったチェルシー。ヨーロッパリーグとその前身大会において準々決勝の突破率100%を維持している。

スタンフォードブリッジで行われたスラヴィア・プラハ戦2nd legではペドロの2ゴールに加えオリヴィエ・ジルーもネットを揺らし、さらにはシモン・デリのオウンゴールで4得点。アウェイで行われた1st legではマルコス・アロンソが決勝点を挙げ、チェルシーがフランクフルトの待つ準決勝進出を果たしている。

2009年にヨーロッパリーグへと名前を変えたこの大会にブルーズが出場するのはこれが2回目。2012/13シーズンの準々決勝ではロシアのルビン・カザンを破り準決勝進出、その後同大会の頂点へ登り詰めている。

スタンフォードブリッジで行われたルビン・カザンとの1st legではフェルナンド・トーレスが2ゴールを挙げ、ヴィクター・モーゼスも追加点を決めるなどチェルシーが3-1で勝利した。

1st legではPKから1点を返し、モスクワでの2nd legに望みを繋いだルビン・カザン。2nd legではチェルシーがジョン・テリーとモーゼスのゴールで2度にわたってリードを手にするも、ルビン・カザンが3-2で勝利。結局はチェルシーが2戦合計5-4で突破を決めた。

UEFA杯では準々決勝へと駒を進めることのなかったチェルシー。その姉妹大会であるカップウィナーズ杯では4度にわたって準々決勝進出を果たし、初出場の1970/71シーズンには同大会を制覇している。

アテネで行われた決勝戦再試合ではレアル・マドリッドを下し、チェルシーがクラブ史上初となるUEFA大会のタイトルを獲得。準々決勝で対戦した相手はベルギーのクラブ・ブルージュ(当時はRFCブルジョワ)だった。

敵地で行われた1st legでは前半に2失点を喫し、そのまま2-0で敗れたチェルシー。監督のデイヴ・セクストンはスタンフォードブリッジでの2nd legに望みをかけた。

2nd legは延長戦までもつれ込んだものの、勝ち抜いたのはチェルシー。ピーター・ハウズマン、ピーター・オスグッドがネットを揺らしている。

延長戦の終盤にはオスグッドがこの日2点目を決めると、トミー・バルドウィンも続きチェルシーが2戦合計4-2で勝利を手にした。

ヨーロッパの舞台で次に準々決勝へと進出したのは24年後の1994/95シーズン。相手はまたもクラブ・ブルージュだ。1st legではGKケヴィン・ヒッチコックが活躍したものの、終盤に1点を許しチェルシーが敗れた。

しかしスタンフォードブリッジでは攻撃陣が躍動。マーク・シュタインとポウル・ファーロングがコンビネーションから前半に2点を奪う。クレイグ・バーリーにフリーキックをファーロングが折り返しシュタインが決めると、今度はシュタインの低いクロスからファーロングがネットを揺らしてみせた。

準決勝でレアル・サラゴサに敗れタイトルを逃したチェルシー。しかし3年後の1998年には再び同大会の王者となる。準々決勝での対戦相手はレアル・ベティスだ。

敵地で行われた1st legではトーレ・アンドレ・フローが躍動。試合序盤に2点を奪い取ってみせた。

スタンフォードブリッジでは苦しんだブルーズ。フィンディ・ジョージが先制点を挙げるも、チェルシーはフランク・ルブーフが足を滑らせ失点。

しかしチェルシーはすぐに持ち直す。ジャンフランコ・ゾラのフリーキックにフランク・シンクレアが合わせると、さらにはロベルト・ディ・マッテオが個人技から追加点。ゾラもヨーロッパにおけるクラブ通算100ゴール目を決めるなど2戦合計5-2と勝利したチェルシーが準決勝進出を決めた。

翌シーズンのカップウィナーズ杯でも準々決勝へと進出したチェルシー。ノルウェーのヴァレレンガを2戦合計6-2で下し、危なげなくベスト4への切符を掴み取っている。しかし準決勝ではレアル・マジョルカに2-1で敗れた。

カップウィナーズ杯以前にもベスト8の経験があるチェルシー。1965/66シーズン、カップウィナーズ杯の前身であるインターシティフェアーズ杯ではローマ、ACミラン、バルセロナと対戦。準々決勝で戦ったのは1860ミュンヘンだ。

当時は3部へと降格した経験もあった1860ミュンヘンだが、1966年にはブンデスリーガの頂点に輝いている。

1st legではトミー・ドチャーティ率いるチェルシーがボビー・タンブリングの終盤のゴールで2-2のドローに持ち込む。スタンフォードブリッジでは終盤にオスグッドがネットを揺らし、ブルーズがヨーロッパの舞台でクラブ初の準決勝進出を果たした。

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