インタビュー

自分の成り立ち:ダヴィデ・ザッパコスタ

ダヴィデ・ザッパコスタがストリートフットボール時代から初めてのポジションでのプロデビューに至るまでを振り返った…

フランクフルト戦でプレーすればチェルシー通算50試合出場を達成するザッパコスタはローマから南に70マイル離れた小さな村でフットボールに出会った…


故郷の村にあったソラというチームでプレーを始めたのが6歳の頃だ。最も若い6歳以下のカテゴリーでストリートフットボールをしていたよ。

父が直前までソラでプレーしていたのが、自分がフットボールを始めたきっかけだよ。父にとって自分をソラに連れて行くのは簡単だったからね!当時のベストフレンドを始め、自分の友達は皆ソラにいたんだ。当時、ソラのファーストチームは3部のセリエCに所属していた。ファーストチームの試合もよく観戦していたよ。

当時のチームメイトとは今でも連絡を取り合っている。良い思い出ばかりだね。U6からU16までをともに過ごした仲間たちだ。上手い選手もいて、大会で優勝したこともあったよ。

トレーニングはいつだって楽しかった。あるゲームをよく覚えているよ:GKを2人置いて、その他の選手は皆ペナルティエリアに入る。フィールドプレーヤーは空中で5本のパスを回したら、ボールを落とさずにボレーシュートを打つんだ。GKはどれだけ長い時間ゴールを守れるかを競って、一番の選手が賞品をもらえるんだよ。

両親はいつも自分をサポートしてくれたけど、何かを押し付けることはなかった。いつも自分のことは自分で決めていた。自分がしっかりと成長できるようにしてくれたし、幸運にも自分のベストのレベルまで到達していると思うよ。ただ、両親からあれをしろ、これをしろと言われることは絶対になかったんだ。

いつも謙虚でシャイだったから、自分がフットボールで一番だなんて思ったことがないよ。当時のチームには上手い選手がたくさんいたし、自分は必ずしもベストプレーヤーじゃなかった。でも16歳の時にコーチからキャプテンを任されて、プレーメーカーとしてピッチに立つようになった。地域大会で得点王になって、U17ではイソラ・リリというクラブに移籍したんだ。あれはステップアップだったね。その翌年にプロデビューを果たしたんだよ。

イタリアには育成に力を入れるクラブがたくさんある。なかでもベストと呼べるアタランタで1年間プレーできたのは幸運だったね。でも、自分が生まれた地域やその周辺には大きなクラブはなくて、組織的に育成を行う環境を求めることは難しかった。

18歳の時にアタランタへ移籍した。1月に加入してから6ヶ月はユースチームでプレーしたよ。そこで1年間過ごしてからアヴェリーノへ移籍した。アヴェリーノでは3年間プレーした。

アヴェリーノではフルバックをやることになったんだ!正直に言うと、アヴェリーノでのデビューは散々だったね。アタランタのユースでは左のウィンガーやトップをやっていたのに、アヴェリーノでは4バックの右サイドをやることになったんだ!今まで一度もプレーしたことがなかったよ。特に守備の面で難しかったね。

簡単ではなかったけど、少しずつ良くなっていった。メンバーから外れる時期もあったけど、その後はレギュラーとして3シーズンプレーした。セリエB昇格を達成できて、良いシーズンだったね。それから当時セリエAのアタランタに復帰したんだ。

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