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オレンジとブルー – オランダ代表で活躍したブルーズの選手たち

オランダはチェルシーで活躍した多くのタレント性のある選手を輩出。そのオランダは今日UEFAネーションズリーグ決勝の舞台をかけてイングランド代表と対戦する。チェルシーと母国の両方で活躍した選手たちを見ていこう。 

才能溢れる選手を擁するオランダだが、ワールドカップは準決勝3回、欧州選手権優勝が1回にとどまっている。

名誉あるアンリ・ドロネー杯のタイトルをオランダにもたらしたのはルート・フリットであった。そのフリットはチームキャプテンを務め、決勝のソビエト連邦戦で強烈なヘディングシュートを叩き込み、チームを2-0の勝利に導いた。

1987年にバロンドールを受賞した彼は、7年後、チェルシーに移籍。フリットはそこでチェルシーの新時代を築きあげ、成功を収めた。

フリットは監督としてスタンフォードブリッジで指揮を執った期間はそう長くはなかったものの、チェルシーに1997年にフェイエノールトから移籍したエト・デ・フーイを含む多くの選手の加入に貢献した。

身長198cmのデ・フーイは1994年のワールドカップで正ゴールキーパーを務め、ブラジルに3-2で敗れた準々決勝までの全試合に出場。

 

そのデ・フーイは1998年のワールドカップと2度の欧州選手権に招集され、エドウィン・ファン・デル・サールのバックアップを務めた。しかし、チェルシーでは3年間に渡って正ゴールキーパーとしてゴールマウスを守り、リーグ杯、カップウィナーズカップ、1998年のスーパーカップと2000年のFA杯優勝に貢献した。

デ・フーイと共に1998年のワールドカップを戦い、チェルシーでプレーしたオランダ人選手は当時2人いた。その2選手は国際主要で2試合しか出場していないジミー・フロイド・ハッセンバインクと、ワールドカップフランス大会でプレーオフをかけたクロアチア戦でゴールを奪ったボウデヴィン・ゼンデンである。

ゼンデンは2ゴールを挙げ準決勝までたどり着いた2000年と当時20歳のアリエン・ロッベンが招集された2004年のユーロにも出場。 

2004年のユーロ、ロッベンはスウェーデンとのPK戦でウィニングペナルティを決め、オランダがベスト4へと進出。その後、彼はチェルシーへと移籍し、プレミアリーグ2連覇に貢献。

彼がチェルシーで過ごしたのは3年間であるが、オランダ代表では準決勝を果たした2010年と3位に輝いた2014年のワールドカップで主力として活躍。

現在のオランダ代表にチェルシーの選手はいないが、チェルシーアカデミー出身のナタン・アケとパトリック・ファン・アーンホルトが代表招集されている。彼らは31年前にオランダが収めた成功をもう一度味わうためのファクターとなりえるだろう。 

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