インタビュー

自分の成り立ち:クリスティアン・プリシッチ

母国アメリカのゴールド杯決勝進出へ貢献したクリスティアン・プリシッチがブンデスリーガでの経験やイギリスで過ごした日々を振り返った…

初めてスポーツをやったのはペンシルヴァニアの家の地下室だったと思うよ。父がゴールに立っていたんだ。自分で小さなゴールを作って、ミニボールを蹴ってそれに入れていた。何度もシュートをしたことを覚えている。いろんなスポーツをしていて、その点ではアメリカの少年らしいかもね。それで最後にはフットボールに戻ってきたんだ」

物心ついた頃からフットボールをしていたから、始めたのはもっと前だったんじゃないかな。父がプロ選手だったことは知っていると思うけど、母も大学の高いレベルでプレーをしていたんだ。その影響を受けたのは間違いないね。自分がまだ赤ちゃんだった頃に父のラストシーズンが終わった。自分は後からビデオを見ただけで、覚えていないよ。

5歳の時に仲間とボールを蹴るようになった。それはしっかり組織されたようなチームではなくて、自分がチームに所属したのはPAクラシックスが初めてだよ。7歳か8歳の頃だったね。学校のチームではなくて、クラブチームでプレーしていた。アカデミーリーグに出場していたよ。

長い間、父が自分のコーチだった。ただ、それ以外のPAクラシックスのコーチたちとも未だに連絡を取り合っているよ。スティーヴ・クラインとアレックス、当時一番好きだったコーチたちだ。

W杯というトレーニングドリルをよく覚えているよ。ゴールを決める前に好きな国の名前を叫ぶんだ。皆別々の国を叫んでいたね。自分のプレーの中ではドリブルが多かった。相手を抜き去る感覚が最高なんだ。ドリブルのドリルをたくさんやった。自分はいつも攻撃的なポジションでプレーしていたよ。

7歳の頃にイギリスに行ったんだけど、その頃のことはあまり覚えていない。ブラックリーでプレーしていて、学校が終わったら毎日公園でボールを蹴っていた。何時間もやっていたよ。

小さな頃から、自分が上手いと思っていたけど、17歳のチームでブラジルに勝ったことはよく覚えているよ。それからは自分がプロになれると自信を持つようになった。

ドルトムントで初めてプロ選手になった。アメリカのアカデミーにいたけど、これが大きなステップとなったね。ドルトムントは若手選手を多く起用していて、自分にとっても最高のチャンスだと思った。こんなに早くピッチに立てるとは思っていなかったけど、彼らは自分のことを信じてくれたんだ。

アメリカはゴールド杯決勝でメキシコと対戦。プリシッチは準決勝ジャマイカ戦で2ゴールを挙げている。

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