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ブルーズとノリッチ

クラブ記録の移籍金、チャンピオンズリーグ優勝、スタンフォードブリッジのキング。チェルシーとノリッチの両クラブでプレーした選手を振り返ろう。

今週末は41度目となるノリッチとのリーグ戦だ。チェルシーは1905年、ノリッチは1902年に創立した。

41度の対戦は比較的少ない回数だが、この両クラブの間では多くの歴史が生まれている。

やはり一番はピーター・オスグッドだろう。スタンフォードブリッジに銅像が建てられたただひとりのプレーヤーだ。

ブルーズで150ゴールを記録したオスグッドは1970年にリーズとのFA杯決勝でダイビングヘッドを決めるなど、クラブの歴史に名前を刻んだ。

オスグッドはサウサンプトン在籍時代にノリッチへとローン加入した経験を持つ。オスグッドがノリッチ史上最高の選手だったことに疑いの余地はないだろう。

一方でアンディ・タウンゼンドはチェルシーサポーターにとって馴染みの薄い名前かもしれない。

タウンゼンドは1990年のイタリアW杯にアイルランド代表として出場。この年にはノリッチの選手としてPFA年間最優秀選手に選ばれている。

スタンフォードブリッジで3年をすごしたタウンゼンドは1993年にアストンヴィラへ。アストンヴィラでは2度のリーグ杯制覇を成し遂げている。一方のチェルシーはその後7年間で5つの主要タイトル獲得に成功した。

グラハム・ステュアートは幼少期にボビー・ロブソンのキャンプに参加したことから「ボビー」のあだ名で親しまれた。

ステュアートはシェフィールド・ウェンズデイ戦で個人技からネットを揺らすなど、チェルシーで18ゴールを記録した。ステュアートはノリッチ在籍時の2005年に現役を引退した。

ライアン・バートランドはチェルシーのアカデミー育ちだ。

2012年のチャンピオンズリーグ決勝戦ではスタメン出場でヨーロッパデビューを果たすと、バイエルン・ミュンヘンを下してのチャンピオンズリーグ制覇に貢献した。

その3年前にはノリッチへとローン加入していたバートランド。チャンピオンシップからの降格を経験したものの、これはバートランドにとって重要なシーンとなったはずだ。

最後はセンターフォワードの2人だ。

1人目はロバート・フレック。ノリッチ時代にはスタンフォードブリッジで強烈なゴールを叩き込んでいる。

しかし、クラブ記録の移籍金で加入したフレックは3年で4ゴールに留まるなど振るわず。フレックへと向けたチャントは今も度々スタンドに響いている。

ノリッチで活躍したサットンは1999年にクラブ記録の移籍金でチェルシーに加入。シアラーとサットンのコンビでブラックバーンをプレミア制覇へ導いたサットンだが、スタンフォードブリッジでは最高の思い出とはいかなかったようだ。

チェルシーでは3ゴールを決めたサットン。マンチェスター・ユナイテッド戦でもネットを揺らし、5-0での勝利に貢献した。さらにチェルシー初のチャンピオンズリーグ、スコント・リガ戦でもゴールを決めている。

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