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ミュンヘンでの思い出

チェルシーとマルメの間でこれまで対戦はそれほど行われていないが、唯一共通のものがある。それはヨーロピアンカップ決勝でのことだ…

ELはノックアウトステージに入り、チェルシーは20年以上ぶりにスウェーデンの地へと飛び立つ。ブールズの愛称で親しまれているこの両チーム。

何人かのスウェーデン出身の選手がチェルシーにも所属していたが、そのうちの1人がマグヌス・ヘドマンだ。GKの彼はコヴェントリー・シティで活躍。2006/07シーズンにはチェルシーに移籍し、第3、4GKとして所属していた。

チェルシーとマルメは両方ともミュンヘンで開催されたヨーロッパの大会の決勝に進出している。およそ50%がドイツで決勝を戦っている。

1979年にマルメは唯一となるチャンピオンズカップの決勝に進出。相手はディヴィジョン2のノッティンガム・フォレストであった。

当時マルメはイギリス人であるボブ・ホートンが率いていた。彼は戦術面で定評のある監督の1人であった。

マルメはこの大会の決勝に進出したものの、フォレストがジョン・ロバートソンからのアシストをトレヴァー・フランシスをしっかりと決めるなど勝利を収めた。

しかしマルメは当時様々な感情が沸き起こっていた。チェルシーは2012年にミュンヘンで試合を行なったが、この試合は最高な試合の一つとして記憶に残っているだろう。この大会では結果チェルシーがヨーロッパで最も有名なトロフィーを掲げることとなった。

ブルーズの監督であったロベルト・ディ・マッテオの4人に重要となった選手がいたが、ライアン・バートランドはヨーロッパの大会での初出場を果たした。しかしこの若きスターは同じチームメイトのようにバイエルンとの試合で大きなインパクトを残した。 

トーマス・ミュラーがヘディングで先制点を奪ったものの、トニ・クロースからのクロスに合わせることはできず、2点目を奪うことができなかった。

ディ・マッテオはフェルナンド・トーレスを投入。この投入がピタリとはまり、ディディエ・ドログバの同点ゴールが生まれた。そして試合はそのまま延長戦に突入した…

ドログバはその後延長戦でリベリーにタックルでファールを犯す。以前ブルーズに所属していたアリエン・ロッベンにチャンスが訪れたもののチェフがしっかりとセーブした。

120分間の戦いでも決着がつかず、PK戦にもつれ込んだ。1人目のフアン・マタがPKを外したことで、4年前モスクワでPK戦の敗北が当時頭によぎったことだろう。

しかしランパードはしっかりとPKを沈め、チェフがオリッチとシュバインシュタイガーのPKをセーブし、その後ドログバがしっかりと流し込みチェルシーが優勝を果たした。チェルシーの夢が現実となった瞬間となった。ブルーズのファンにとってミュンヘンは思い出深い土地なのだ…

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