インタビュー

蒼の時代:アラン・バーチェノール

アラン・バーチェノール1960年代後半の3年間チェルシーでプレーし、約100試合に出場した。ここでは彼のチェルシーでのプレーを振り返っていこう。

最近のインタビューで彼は、1967年当時シェフールド・ユナイテッドのクラブ記録となる移籍金でチェルシーに移籍し、チェルシーでのプレーは楽しかったと語った。当時、ピーター・オスグッドと仲が良かったことを明かし、また今週に亡くなったゴードン・バンクスについてもコメント。 

ここから彼のチェルシーでの生活を振り返っていこう…

チェルシーと契約した時のことを教えて

当時は若くてシェフィールド・ユナイテッドでミック・ジョーンズと前線でプレーしていたね。自分はその時若かった。ドン・レヴィーが自分たち2人をリーズと契約させようとしたんだけど、チェルシーでもプレー経験がある当時の監督ジョン・ハリスがそれを許さなかった。ミックはリーズに行ったんだけど、自分は悩んだ末移籍を志願したんだ。 

ある日、ジョン・ハリスが自分を事務所に呼んで、お客がいると言っていた。それはもし自分が望むなら移籍を許してもいいという程のクラブの人間だったんだ。そこで自分はブラモール・レーンの事務所に行って、ドアを開けた。そしてらそこにはデイブ・セックストンが居たんだ

その後デイブとシェフィールドにあるハラム・タワーに行ってランチを食べた。彼は最近チェルシーの監督になったと言っていたね、そこで自分を最初の契約相手にしたいと言ってくれたんだ。 「自分の価値についてはどう思う?」と彼は自分に尋ねてきた。自分は 30,000ユーロか、40,000ユーロと答えた。そしたら彼は手を上げたんだよ。その値段を引き上げていっても手を上げ続けていたんだ!自分は70,000ユーロで止めた。そこで「彼は悪いプレイヤーを手に入れたな!」と思ったよ。

デイブは100,000ユーロ支払う用意があると話していたね。こんな金額は初めてだったよ。もちろんサインしたさ! 

このクラブの印象はどうだった?

シェフィールドからやってきた時は目が点になったよ!トライアンフ・スピットファイアでやって来たんだけど、本当にまぶしく思えたんだ!フルハムからやって来たけどがどこに行けばいいかわからなかったよ!屋台とかも見たけど、フルーツとか野菜とかを売っていたね。そこで窓を開けてスタンフォードブリッジはどこか聞いたんだ。

その人は自分を見て誰か分かったみたいだった。そこでロンドン訛りでこう尋ねて来たんだ。「もしかして大型契約を結んだセンターフォワードかい?」

「そうだよ!」

「スタンフォードブリッジの場所が分からないんだね?ゴールをたくさん決めてくれるかどうか本当に楽しみだよ!」

「およそ1万ヤード先にあるよ!」

チェルシーでの最初のトレーニングは、8面あったコンクリートのテニスコートでやったゲームだったね。ピーター・ボネッティがボールを自分にくれたんだけど、ここでいいところを見せなきゃと思ったんだ。だけどうまくタッチ出来なかった。次は自分の後ろに”チョッパー”が仕掛けられていた。ハリスが「ようこそチェシーへ!」とそこで言って押したんだよ。仕返ししたかったけど出来なかったね!

デイブ・セックストンのもとでやるのはどんな感じだった?

彼が最高の監督だと思う。彼は素晴らしいよ。いい人だったね。でも少しだけいい人すぎたかな。多くの選手をしっかりコントロールしていたね。彼には自分のリズムがあったから近くを歩くことはできなかったね。

試合では自分をたくさん助けてくれた。特に最初の方はね。ある日、ウェストミンスターでトレーニングをしている時デイブが自分にもう少し待ってでボールの入ったバッグを持ってくるように言ったんだ。みんなトレーニングを切り上げた後にね。

彼はそれをコーナーフラッグのそばに並べ始めた。他のコーナーフラッグのところには2ヤード後ろの所にボールを置いたんだ。彼は自分がボールを曲げてニアポストに当てるまで帰れないよと言った。

自分は困惑したよ。シェフィールドではセンターフォワードでプレーしてたからコーナーなんて蹴ったことなかったんだ!3時間半経過した時、ボールはあちこちいろんな所に行ってしまっていた。オジーは自分を待ってくれて、ボールを集めるのも手伝ってくれたんだ。

ついにボールが当たった時は自分のことが悔しくなったね。このデイブの指導が自分の成長させてくれた。彼は天才だよ。

チェルシーでの思い出の試合を教えて…

サンダランドとのデビュー戦でゴールを決めた試合かな。がっかりした試合は1970年のカップ戦の決勝のリーズ戦だね。自分は膝に怪我をしていて、それは復帰に2、3ヶ月くらいかかる傷だった。イアン・ハッチンソンが最高のプレーをしていたね。リーズが上だった。

チェルシーで過ごした時間で一番仲がよかったのは誰?

オジーとは本当に仲良くしていたよ。自分はアスコットに住んでいたんだけど、彼は当時ウィンザーに住んでいた。一緒によく旅していたよ。

プレシーズンにはエプソム・ダウンズに行ったね。一回タッテナム・コーナーに行った時は自分たちがいなくなったからデイブが困惑していたみたいだった。彼は翌日に出かけるならお昼に帰ってくるように言ったんだ。

戻って来てからは1人でタッテナム・コーナーを走ったよ。そこでジョニー・ホリンズに「オジーはどこ?」と聞いたね。そしたら突然、馬の走る音が聞こえた。そこでオジーが現れて、「今日はどこにもいかないよ!」って叫んだんだ。彼は馬を連れて来たんだよ。タッテナム・コーナーの木のてっぺんに括り付けてた。デイブは大笑いだったよ! 

あんまり戦いたくないチームや選手はいた?もしいたなら理由も聞かせて

たくさんいるよ!ジャッキー・チャールトン、リヴァプールのロン・イエーツ、デイブ・マッケイ だね。この選手と対戦する時は肩を落としていたね。ノーマン・ハンター、ビリー・ブレムナー 、ノビー・スタイルズも凄まじかったね。とにかく戦うしかなかったよ。

プレーしていて嫌なスタジアムはあった?

そんなにないかな。アンフィールドもいいスタジアムだし。覚えているのはビル・シャンクリーが自分たちのドレッシングルームの隣の玄関のところに立って、「何も恐れることない!」って言ってたことかな。

グラウンドは素晴らしかったね。デイブはスタンフォードブリッジのメインスタンドの左側のところに座っていたね。

ゴードン・バンクスとの対戦の思い出は何かある?3回ゴールを奪ったね…

オジーのシュートのこぼれ玉が自分のところに来て、逆をついたシュートを放った。シェフィールドの選手としてゴールを奪ったんだ。

ゴードンは当時から親友だよ。彼はレスターでもプレーしていたね。ストーク戦の帰り、このことをオジーと話していたんだ。バンクス相手にゴールを奪うのは賞を得るようなものだね。彼には素晴らしい才能があった。偉大な選手のうちの1人だよ。 

亡くなったのが信じられないし、悲しいね。感情が溢れ出て来てしまう。レジェンドという言葉はありふれているけど、単純に最高の選手だったんだ。

全体を振り返ってチェルシーでの生活はどうだった?何か変えたり、違った風にしたかったなみたいなことはある?

とても幸せな時間を過ごしたよ。もっと長く入れたらよかったなとは思うかな。でもなかなか難しいね。

もっと良くできたんじゃないかなとも思うけど、とても楽しかった。最高の場所で最高の選手と最高の時間を過ごせた。勝敗はあったけれどチェルシーは最高だよ!

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