ヒストリー

チェルシー創立記念日!6つのヒミツをチェックしよう…

今日はチェルシーフットボールクラブの115歳の誕生日。そんなクラブ創設にまつわる、知られざる6つのヒミツを紹介しよう。

1905年3月10日に産声を上げたチェルシー。その生まれた場所は、スタジアム向かいにあるライジング・サン・パブ。現在のブッチャーズ・フックだ。

そんなクラブ創設にまつわる6つのヒミツをチェックして、クラブのことをもっと知ろう…

クラブ新設にあたり、その名前は様々な候補が挙げられた。キングストンFC、ロンドン・ユナイテッド、スタンフォードブリッジFCなどなど。そんな中、フレデリック・パーカーがチェルシーを支持。1066年に戦場となったヨークシャー地方のスタンフォードブリッジとの混同を防ぐためだ。

実際にボールが使われる前の1905年6月、新設されたスタンフォードブリッジではロンドン・アスレティック・クラブ競技会が開催され、2ヶ月後にオープされるイーストスタンドにはグラスゴーの鋳造所から2,000ポンド(現在の価値で25万ポンド)で取り寄せた鉄製の骨組みが残っていた。

チェルシーFCがスタンフォードブリッジのオーナーであるグス・メアーズに支払っていた利用料は、1905/06シーズンで1,500ポンド(現在の価値で18万5000ポンド)。しかし、引き続き利用を続けたロンドン・アスレティック・クラブの支払額はわずか250ポンド(現在の価値で3万ポンド)だけだった。

マッチデイプログラムにあたるチェルシーFCクロニクルは、地元紙にてクラブのニックネームを募集。バンズ(チェルシーバンズというパン屋)やチェルブ(天使の一種)、コルツ(若手選手の意味)などが挙げられたが、最終的にはペンショナーズ(近所のロイヤル・ホスピタルを占めた居住者)に落ち着いた。

元々は"イートンブルー"と呼ばれる水色に近いチームカラーを使用していたチェルシー。クラブ初代会長のカドカン卿の、競馬の色にちなんだものだった。その後、1907/08シーズンから、今と同じロイヤルブルーを採用している。

チェルシーが初めてピッチに立った1905年9月2日の試合では、スタメンのほどんどがスコットランド人だった。その内訳は次の通り。ウィリアム・フォーク(イギリス)、ボブ・マッキー(スコットランド)、ボブ・マクイーワン(スコットランド)、トミー・ミラー(スコットランド)、ボブ・マクロバーツ(スコットランド)、ジョーディ・ケイ(スコットランド)、マーティン・モラン(スコットランド)、ジャッキー・ロバートソン(スコットランド)、デイヴィ・コープランド(スコットランド)、ジミー・ウィンドリッジ(イギリス)、ジャック・カーワン(アイルランド)。

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