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チェルシー・ジャパン会長の徒然話(2)

「チェルシーと関わっていった思い出」

前回のコラムでは、私がチェルシーを知ったきっかけなどをお話ししましたが、遠く離れた米国に住んでいた私がチェルシーファンとしてできる事はごく限られていました。

それが一変したのは、1999年に16年間を過ごした米国から英国へ引越しすることになったことでした。しかも、新しい職場はチェルシーの本拠地であるスタンフォードブリッジから歩いて5分ほどの近さにあるチェルシー&ウエストミンスター病院(ロンドン大学インペリアルカレッジ医学部の基幹病院の一つ)でした。「スタンフォード大学」から「スタンフォードブリッジ」へ、スペルは少し違いますが、何か縁のようなものを感じたのを思い出します。

当時のチェルシーのオーナーは前ケン・ベイツ会長で、スタジアムを中心にホテルなどを併設したチェルシーヴィレッジもまだ建設途中でした。

ウエスト・スタンドもまだ1階部分だけだったので、観客席の数も多くはなく、地元にいてもチケットを手に入れるのは簡単なことではありませんでした。でも、時々でしたが試合観戦に行く事ができ、私のチェルシーに対する想いは徐々に深まっていくことになりました。

ちなみに、私が初めてスタンフォードブリッジで観た試合は、UEFAチャンピオンズリーグの対バルセロナ戦でした。バルセロナには、元ポルトガル代表のフィーゴや現マンチェスター・シティの監督であるグラディオラほか錚々たるメンバーが揃っていました。改めて当時のマッチデイマガジンをみると、その後のバルセロナの主力選手になるシャヴィやプジョル、そして後にチェルシーに移籍することになるゼンデンとボガードもバルセロナの登録メンバーとして載っていました。

スタンフォードブリッジで試合観戦ができるようになっただけでも、チェルシーファンの私にとっては大きな進歩でしたが、その後にチェルシーの選手たちと実際に出会った事で、益々チェルシーにはまり込んでいくことになりました。その辺の出来事はまた別の機会に書こうと思いますが、チェルシーへの想いが深まると共に、サポーターとしてさらにどのような事ができるだろうかと考えるようになりました。

その第一歩が当時株式市場に上場されていたチェルシーの株を10万円分ほど購入したことでしたが、実際に株主になったことでチェルシーとの一体感が一気に深まったことは言うに及びません。ただ残念な事に、現オーナーのアブラモヴィッチさんがチェルシーの買収に乗り出した時に、英国の法律によって自分の持ち株をアブラモヴィッチさんに売却せざるを得なくなってしまいました。でも、購入した価格の2倍の値段で買い取ってもらえたので、文句を言えた義理ではないかもしれません。

さて、次のステップはシーズンチケットの入手でしたが、ちょうどウエストスタンドが完成して観客席の数が劇的に増えた時でしたのでとてもタイミングが良かったと思います。当時のシーズンチケットはブックレットタイプで、胸ポケットにそれを入れて試合を観にくるシーズンチケットホルダー達はそれを持たないファンにとっては憧れの対象でした。

いざ自分もシーズンチケットを手に入れて初めての試合観戦に行った時には、とても誇らしく思いましたし、胸ポケットからはみ出したシーズンチケットは見せびらかす意味もあったのだなと納得しました。いったいどこの席なのだろうと期待と不安が入り混じった複雑な想いでスタジアムに入ったのですが、シーズンチケットに記載された座席に辿り着いた時の驚きは今でも忘れられません。イースト・スタンド・アッパー・タイアー(上段)のセンターラインの延長線上にある試合観戦には最適の位置で、さらに驚いたのはピッチを挟んだ真向かいにはミレニアムボックスのケン・ベイツさんが座っていた事でした。自分の座席に初めて腰をかけた時の感動は一生忘れませんが、自分はなんて幸運なのだろうとその時につくづく感謝しました。

次回のコラムでは、チェルシーとの関わりをさらに深めることになったCPO(Chelsea Pitch Owners)のシェアを購入した経過を書こうと思います。

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