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自身の言葉 – アンドレアス・クリステンセン – PART 1

4月10日に24歳になるアンドレアス・クリステンセン。2パートからなるこのインタビューで今回は父であり元GKのステンが自分に与えた影響、フットボールを始めた時について話してくれた。

フットボールが自分の人生に関わってない時があった事はないと思う。4歳の時にフットボールを始めたんだけど、自分の父が地元でフットボールチームを作ったんだ。これが最初の思い出だね。

父はデンマークでプロのフットボールプレイヤーだったんだ。ピーター・シュマイケルがユナイテッドに移籍した時、ブレンビーに移籍した。

自分が生まれるとすぐに引退を決断したんだ。家族とともに居たいと思ったみたいだね。だから父のプレーは見た事ないけれど、たくさんユニフォームを持っている。話を聞いたり写真を見たりとかはあるけれど、高いレベルでのプレーは見たことがないよ。見たことあるのは、少し年老いた人との試合だけだね。

いつも父と共にプレーしていたね。芝のエリアは広いスペースがあって、フェンスの所をゴールにしていたよ。父がキーパーをやって自分がシュートを打っていたね。とにかく大好きなフットボールを一緒にやっていた。

自分の故郷はアレレズと呼ばれる所なんだけど欲しいものは全て近くに揃っていたね。コペンハーゲンからはおよそ20分のところにあるし、ヒレレズという大きな街も近かった。自分たちの街はその2つの街の中間にあってビーチもあった。海に入ってボールを使って遊んだよ。

とにかくフットボールが好きだった。ブレンビーはデンマークでも自分の好きなチームだった。自分の父がプレーしていたこともあって小さい頃は何試合か見に行ったよ。成長するにつれてトレーニング後に友達とスタジアムに行ったね。

ブレンビーは自分の街の中では特に一番大きなクラブだった。自分が10歳の時はトライアウトを受けたよ。ワクワクした。結構大きな出来事だったね。

ストライカーとしてプレーしていて、たくさんドリブルの技を仕掛けてゴールを決めていた。その後MFをやってたくさんボールを触り技術力が上がったね。そしてDFになった。MFにまでよくドリブルでボールを運んだよ

父は自分がブレンビーのU14、U15時代に再びコーチングをしてくれた。他にもコーチはいたけれど、特に覚えているのは2人だね。ニルス・ニールセンとジョン・ラーノムだ。この2人は自分に大きな影響を与えてくれたよ。

ニールセンは自分をMFにした。そしてCBにもしたね。その時ニールセンはこのポジションで長いことプレーできるはずだと言ってくれた。大きな意味があるよ。これがなければここにいなかっただろうからね。ラーノムはコーチングが凄かった。父も含めこの3人に感謝しているよ。

当時は全てが簡単というわけではなかった。大体はセカンドチームにいたね。その1年後には自分のプレーが振るわず父が再びコーチングしてくれたんだ。確かU15の時だね。この年は自分にとって悪くて、このままフットボールを続けたいのかと悩んだよ。ずっと続ける価値はあるのかな?とも思ったね。それでも良いプレーをできた試合があって再びスタメンになったんだ。

これはチェルシーに加わる2年半前の話だね。それでも当時は先のことなんて考えられなかった。とにかくフットボールをプレーしなきゃと思っていたんだ。

PART 2ではチェルシーに加わった時の事、若手として爪痕を残す事について話してくれた。

チェルシーからその他