Japan

チェルシー・ジャパン会長の徒然話(3) - 「チェルシーのピッチ・オーナーになりました」

前回のコラムでは、私がチェルシーにはまり込んでいった思い出をお話ししましたが、今回は私がチェルシー・ピッチ・オーナーズ(CPO)のシェアーを購入した経過について書こうと思います。

おそらく、スタジアムの所有権をサポーターが持っているサッカークラブは、世界中でチェルシーだけだと思います。CPOのシステムが考えつかれたのは前会長のケン・ベイツさんの時代で、その歴史や意義については、チェルシーのホームページなどいろいろなところに書かれていますのでここでは省略させていただきます。

私がロンドンに引っ越した1990年代の終わりは、インターネット上にチェルシーのホームページが初めて登場した頃で、毎朝起きた時にそれを開くのが私の日課でした。ホームページの内容も徐々に充実していき、ある時にそのホームページ上でCPOの存在を知りました。チェルシーとの一体感をさらに強めたかった私にとっては願ってもないシステムで、さっそく申し込むことにしました。でも、相談する人が周りにいなかったので、1株のシェアー(当時100ポンド)だけ購入するのは恥ずかしいと思って10株を購入することにしました(左)。後から知ったのですが、CPOのシェアーは何かの記念や誰かへのプレゼントのために1株づつ購入するのが一般的で、10株も一度に買った私は珍しかったのではないかと思います。

CPOのシェアーを購入した人は、さらに10ポンドを支払うことでホームゲームの時にピッチ上で「CPOプレゼンテーション」を受ける事ができました。試合開始前あるいはハーフタイムの時に行われるプレゼンテーションの時には、チェルシーTVでもお馴染みのニール・バーネットさんがマイクで紹介してくださり、試合に出場していない選手や観戦に来ているチェルシー・レジェンドの誰かと一緒に記念写真を撮ってもらう事ができました。その時の写真は、後日マッチ・デイ・マガジンに掲載されましたし、引き伸ばしてもらって購入することもできました。

私のプレゼンテーションは2002年1月1日にあったサウサンプトン戦で行われることになりました。試合前に係の方に導かれて大観衆で埋まったスタンフォードブリッジのピッチに入った時には、極度の緊張で恥ずかしながらも急性胃潰瘍になってしまいました。また、ちょうどイタリア人の麻酔科医を大学で指導していましたので、「お目にかかれて光栄です」というイタリア語を教えてもらって憶えていき、ベンチにおられた当時の監督であるラニエリさんに話しかけました。なんとその時に、ラニエリさんはニコッと笑って「こんにちは」と日本語で返してこられたのです。今でもその時の光景を想い浮かべては思い出し笑いをしてしまいます。サイドラインで待っていた時に、ピッチ上では選手たちがウォームアップをしていたのですが、私の方に転がってきたボールを当時のキャプテンであったデサイーに蹴り返したことも忘れられない思い出です。

それまでに経験した事がないような、気が張り詰めた時間でしたが、結局その日は一緒に写真を撮ってもらえる選手が見つからず、また後日やり直すということになりました。次回のコラムでは、この続きを書きたいと思います。

チェルシーからその他