ヒストリー

運命を分けたリヴァプール戦の勝利 - そして語り継がれるグロンキアのゴール

17年前、チェルシーの分岐点とも言えるチャンピオンズリーグ出場権を手にしたあの試合を振り返ろう…

フランク・ランパードがアストンヴィラ戦で記録を破った日から遡ることさらに10年、2003年の5月11日にチェルシーはリヴァプールをスタンフォードブリッジに迎え撃った。この一戦は、チャンピオンズリーグ出場をかけた"2000万ポンドの価値"を持った試合と呼ばれた。

しかし4位の座をかけたこの大一番リヴァプール戦に向けて、チェルシーには不安材料が。2003年4月最終週フルハム戦は引き分け、続くウェストハム戦は黒星と、クラウディオ・ラニエリには暗雲が立ち込めていた。しかし一方でリヴァプールも、後にチェルシーに加入するニコラス・アネルカのゴールでマンチェスター・シティに敗れ、足踏みをしていたのだった。

この結果、ブルーズは引き分けさえキープできれば2003/04シーズンのチャンピオンズリーグ出場権を手にする4位以内を確保できることになったが、それでもプレッシャーは拭えない状況だった。

その決戦前夜、選手たちはロイヤル・ランカスター・ホテルに集められ、ベトナム戦争の退役軍人の講話を受けることとなった。そこで彼らは仲間のためにどれほど自分を犠牲にしてきたかなど壮絶なエピソードを語り、明日の試合ではチームメイトのために死ぬ気で戦うよう発破をかけたのだった。

さらにチーフエグゼクティヴのトレヴォ・バーチは趣向の異なるスピーチを行う。それは、クラブが予防策として予算縮小を行ったため、チャンピオンズリーグ出場権を失うことは痛手になるというものだった。選手の売却は避けられないし、それが市場価格の高い選手なら尚更というもので、そこにはランパードも含まれていたのだ。

果たしてこのスピーチのおかげか、あるいは当日スタジアムに駆けつけた42,000人の観客の後押しか、ブルーズはリヴァプールを相手に見事任務を達成するのだった。

しかし先制したのはリヴァプール。サミ・ヒュピアのヘディングでビハインドに立たされるも、わずか3分後にはイェスパー・グロンキアのクロスからマルセル・デサイーが頭で同点弾を叩き込む。

勝ち点1でも十分だったチェルシー にとっては、このデサイーのゴールが事実上の"決勝点"となった。しかし前半半ばを過ぎた時、グロンキアが追い討ちをかけるゴールでチェルシー をさらに優位に立たせるのだった。

終盤にはスティーヴン・ジェラードのレッドカードで、リヴァプールは泣き面に蜂状態。こうして無事終了のホイッスルを聞き届けたチェルシーの選手たちは、誇りと疲れと安堵の混じり合った瞬間を迎えたのだ。

それから2ヶ月も経たないうちに、ロマン・アブラモヴィッチ氏がチェルシーを買収。チャンピオンズリーグ出場権を手にしただけでは無い、リヴァプール戦での勝利の意味がどれほど大きなものかを実感したはずだ。

チェルシーがこの試合で結果的に手にしたものは大きい。2000万ポンドの試合は、蓋を開けてみれば"10億ポンドのゴール"と呼ばれるまで価値が跳ね上がっていたのだ。

この表現だとグロンキアのゴールにのみ焦点が当たっているようだが、実際には1-1のまま終わっていても4位は保証されていた。確かにそれでもチャンピオンズリーグの出場権は手にできており、未来は変わらなかっただろう。

しかしながら、一種の象徴としてあのゴールがチェルシーの歴史に刻まれたのは確かな事実だ。そしてこのゴールだけではない、あのレジェンドがチェルシー最後の試合で見せた妙技もまた、この試合の思い出である…

フルマッチの映像はThe 5th Standから

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