インタビュー

ペトル・チェフとチェルシー - PART2

ペトル・チェフの特別インタビュー第2弾は、24歳で引退を意識したあの出来事について…

スタンフォードブリッジでマンチェスター・ユナイテッドを3-0で下し、リーグ連覇を達成した2005/06シーズン。チェフはこの試合で34試合18個目のクリーンシートを記録。ほか16試合でも失点をわずか20に抑えていた。

これで国内敵なし、06/07シーズンで3連覇も視界良好かと思われたが、実際には度重なる怪我でその行く末を阻まれてしまった。中でもチェフは、10月のレディング戦で大怪我を負っている。

試合序盤、スティーヴン・ハントとの衝突で頭蓋骨を負傷した当時24歳のチェフは、生死の狭間を彷徨うことに。病院へ緊急搬送されると、脳手術のスペシャリストによってすぐに手術が施され、頭蓋骨に金属製のプレートを2枚埋め込むこととなったのだ。

チェフはその瞬間はもちろん、そこから3日間の記憶が全くないそうだ。自身はこの事故について、妻のマルティナに”想像を絶するほど辛い思い”をさせたと振り返っている。

手術は成功し、チェフはリハビリに入った。

「誰も復帰が可能なのか分からなかった」と話すチェフ。「疑問ばっかりで、答えはそうなかった。正直引退も意識したよ。考え方が大きく変わっていった」

「でも最優先は復帰を目指すことだった。それが目標だったね。でもそれと同時に、最悪の事態にも備える意識はしていた。もう復帰できない、無理なものは無理だってね」

チェルシーのメディカルチームを率いるブライアン・イングリッシュ医師(マジェスキ・スタジアムでの判断でチェフの命を救った張本人)も一緒に、柔軟なリハビリプログラムを組んだのだった。

「1人で3日間通せそうならやるし、脳が受け付けなかったら2日間だって休んだりするんだ」

「でも徐々に前進しているのは分かって、週を追うごと、月を追うごとに回復していった。これまでやってきたことがしっかり力になっているのを感じたんだ」

この結果、チェフの骨は12週間で回復。しかし練習こそ出来るものの、頭を保護する必要があった。「そうやってヘッドギアを付けることになったんだよ!」と笑うチェフ。やがてそれは自身のトレードマークとなる。

練習に復帰して数日後、モウリーニョはチェフに実戦復帰したいかを尋ねた。

「もちろんイエスだよ」と振り返るチェフ。「反対は多かった。精神的な面も鑑みて、今シーズンは見送るべきだと。来シーズンに向けて準備すべきだと言われた」

「でも自分的にはフィットしていたし、すぐにでもチームに復帰したかったんだ。手術から105日かそれくらい経って、リヴァプール戦で復帰したんだよ」

チェフはその日のアンフィールドでの試合を”いつも通りだった”と振り返る。3ヶ月ぶりの実戦復帰で、まずは試合感を取り戻すことに集中していたそうだ。しかし相手の足元へ飛び込むことにためらいや恐怖はなかったとのこと。満員のスタジアムにヘッドギアを着けて立つことは、まるで温風乾燥機に頭を突っ込んでいるような新しい経験としつつも、すぐに順応しそこから12年半のキャリアを共にするアイテムとなった。

「レディング戦で終わりじゃなくてよかった。前向きになれたし、回復の糧になった。1試合1試合が薬になったんだ」

photo of ペトル・チェフ ペトル・チェフ

復帰してからは、すぐにパフォーマンスを取り戻したチェフ。復帰戦こそリヴァプールに2-0で敗れたものの、そこからはリーグ戦8試合でクリーンシートを記録。2007年3月にはプレミアリーグ月間最優秀選手賞にも輝いた。リーグ優勝こそ逃したものの、決勝でユナイテッドを退けFA杯優勝は達成している。

「キャリア、あるいは命を脅かす怪我を経験すれば、プレッシャーなんて感じないよ」と話すチェフ。

「瞬間瞬間が楽しかったね。この試合がもう最後の試合かもしれないって意識するようになったんだ。だから試合に出てまた次があると、それだけで嬉しかった」

「レディング戦で終わりじゃなくてよかった。前向きになれたし、回復の糧になった。1試合1試合が薬になっていくようだった」

「シーズンも終盤に向かって、FA杯決勝ではこれ以上ない自信があったよ。かなりポジティブだった。喜びも満足感もすごかったよ。このチームで優勝する初めてのFA杯だったし、シーズンを終えてこれで良かったって気分だったね」

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