最近話題のアカデミー出身DFトレヴォ・チャロバーが彼自身やチームに関する10の質問に答えた。

チャロバーは2021/22シーズンの開幕戦でデビューし、スタンフォードブリッジのチェルシーサポーターの前でトップチーム初ゴールを決め、得点後の感動的なリアクションはすでに今シーズンのハイライトのひとつとなっている。

このゴールは、ベルファストで行われたUEFAスーパーカップのビリャレアル戦で、チェルシーでの初出場にしてトロフィーを手にした数日後に生まれたもので、チャロバーにとっては、まさに素晴らしいキャンペーンの幕開けとなった。

代表戦によるブレークで、チャロバーは激動の数週間を振り返り、アカデミーやレンタル移籍を経てチェルシーのトップチームに入るまでの道のりや、兄のナサニエル・チャロバーが彼のキャリアに果たした大きな役割について語った。

まずは、今シーズン開幕から始めましょう。スーパーカップでこれほどのスタートを切ることは予想していましたか?

素晴らしいスタートを切ることができ、本当に驚いた。プレシーズンの試合には出場していたし、出場時間も長く、良い結果を残せたけど、一発勝負だったから、監督は経験のある選手たちを起用するものと思っていた。試合の数時間前にチームシートを見て、自分の名前がスターティングメンバーに入っていることを知ったときは、とても嬉しかった。決勝戦、特にヨーロッパの決勝戦でプレーして、しかも優勝するなんて、信じられないことだった。

PK戦は緊張したけど、チームメイトは自信を持っていた。リュディガーの次は自分だったけど、ケパがPKをセーブしてくれたから、プレッシャーはなかった。

その後、プレミアリーグ開幕のクリスタルパレス戦での得点はどういう感触でしたか?

信じられなかった。ボールボーイとして試合を見に行ったり、チャンピオンズリーグの試合をスタンフォードブリッジで見たりしていたんだ。クラブでの初めての試合をブリッジで先発出場したことは忘れられない瞬間で、その上、ゴールを決めたから、当然、とても嬉しかった。

あそこからシュートを打つことはあまりなかった。ほとんどはエリア内でのヘディングやタップインで決めていたんだけど、自分のところにボールが来たとき、ファンの『シュートしろ』という声が聞こえたので、本当にシュートしたんだ。歓声が聞こえてくるまで、ゴールしたことに気づかなかった。その時、ゴールを決めたことが信じられなくて膝をついたんだ。

あのセレブレーションはとても感動的でした。得点後の数秒間、何が頭をよぎったのでしょうか?

8歳のときにここに来たときからのすべての記憶が頭の中を駆け巡り、レンタルやこれまでの努力、犠牲にしてきたことなどが頭をよぎった。すべてが一緒になって、「スタンフォードブリッジで得点したんだ」と思ったんだ。驚いたよ。落ち着いて振り返れるまでに少なくとも1週間はかかった。

その後、友人や家族からたくさんのメッセージが届き、ファンからも素敵なメッセージが届き、一時はスマホがフリーズしていたよ。家族は自分の努力を知っていて、それが報われたと言ってくれたし、十分な実力を持っていると思ってくれていたけど、チャンスを活かすまで待たなければならなかったので、ほっとしたと言ってくれた。

現在ワトフォードに所属しているお兄さんのナサニエルさんも、チェルシー・アカデミーを経てトップチームで活躍していましたね。彼は何と言ってましたか?

パレスの試合の後、すぐに兄と話をしたんだけど、とても喜んでくれたよ。兄もここでプレーしたことがあるし、スタンフォードブリッジでプレーしたこともあるし、プレミアリーグで優勝したこともあるから、気持ちがわかるんだ。今でも彼はいつも私にアドバイスをしてくれるし、仲良くて毎日のように話している。

ロリアンにレンタル移籍したときは、初めての海外生活だったし、彼がナポリにレンタル移籍したときも同じだったから、彼は、何が必要か、どうすれば言葉の違いに適応できるかなどを教えてくれた。

2人ともここにいた時は、彼と一緒に練習できたらいいなと思っていた。今度は、プレミアリーグの同じピッチでプレーできるとしたら、それはもう夢のようだよ。彼と一緒にプレーできないのであれば、彼と対戦するのもいいだろうね。

ピッチに立つことはありませんでしたが、以前、あなたは2018年にFAカップを制覇したチェルシーの一員でしたね。シニアチームでの初期の経験はどれほど重要でしたか?

シーズンの最後の半年間、シニアチームと一緒に練習して、FAカップのメダルを手に入れた。多くの人は、その決勝戦で自分がベンチ入りしていたことを知らないだろうけど、自分にとっては誇らしい瞬間だった。

多くの同じ選手がまだここにいる。これは、クラブ、自分、そして選手たちが歩んできた道のりを示している。シニアチームとの最初のトレーニングはU-15のときだった。その日はとても緊張したよ。テレビやスタジアムで見ている選手たちに会い、一緒に練習するなんて信じられなかった。

今、若い選手にとって大切なことは、このクラブで何度も試合に出ている先輩選手を見ることだと思う。今でも毎日の練習で先輩たちから学んでいるし、ピッチの外でもいつもアドバイスをもらっている。でも、それはプレーすることだけではないんだ。先輩選手から学ぶことであり、彼らが何をしているのかを見て、同じことをどうやって真似すればいいのかを考え、さらに良くなるための方法でもある。

トーマス・トゥヘル監督のトップチームに加わることが決まったのはいつですか?

パレスとアーセナルの試合の間に監督と話をして、「ここにいてほしい」と言われて、その週にトップチーム用の建物に移ったんだ。それまではアカデミーの控室を使っていたけど、今はトップチームに加わった。監督に言われたときは嬉しかったね。トレーニングの後に話しかけてきて、自分がどれだけうまくやったか、プレシーズンや試合でチャンスを掴んだことを話してくれた。彼は、自分がチームの良い戦力となり、他の選手から学び、彼らをサポートできると思っていると言ってくれたんだ。

でも、彼に言われるまでは、本当にそうなるとは思っていなかった。スーパーカップの後も、おそらくレンタルに出るだろうと思っていた。パレスの試合の後は、ちょっと半信半疑だったけど、彼のオフィスでチームに残ることを知らされた。本当に信じられなかったよ。

これまでのトゥヘルとの仕事はどうですか?

彼は、自分がロリアンにレンタルされていた時からどんな人間かをすでに知っていると言っていた。彼は昨シーズンの前半にPSGにいて、アウェーで対戦したからね。後半から出場して、とても良いプレーができたから、彼はその時に初めて自分のことを見たんだと思う。

プレシーズンが始まったとき、一番考えていたのは、自分の体調を整え、レンタル移籍の話が来たときにすぐに対応できるようにしておくことと、同時に監督の印象に残るように全力でプレーすることだった。その後、監督に気に入ってもらい、親善試合で出場時間を与えてくれてうまくいったんだ。あとはチャンスを逃さないようにするだけだった。

監督はとても親切で、特にピッチ上では正確な指示を出してくれるし、何か間違ったことをしたら修正しろと言ってくれる。選手としては、申し分ないことで、上達するためには必要なことだ。そういった指導が本当に大事なんだ。

レンタル期間中は中盤でのプレーが多かったようですが、ここではディフェンスでのプレーも見られます。自分の本来のポジションは何だと思いますか?

イプスウィッチにレンタル移籍したときは、アカデミーでセンターバックをやっていたけど、レンタル移籍はいろいろな監督に適応するためのもので、彼らには中盤でのプレーを求められた。ハダースフィールドでもロリアンでも同じだったけど、頭の片隅ではセンターバックになりたいと思っていたし、このプレシーズンではそのことを試合で示せたと思う。

必要であれば、中盤でもプレーできるよ。色々なポジションでプレーできることは、監督にとっても選択肢があって良いことだ。中盤でプレーするためには、ボールの扱いに長けている必要があり、それが自分の役割のひとつだけど、ディフェンスでも同じなんだ。ジョルジーニョやカンテのような選手にボールを渡すことを心掛けている。

昨シーズン、ロリアンで3バックでプレーしていたことも役に立っている。チェルシーの布陣が同じであることを知っていたから、うまくやらなければならないと思っていた。3バックのすべてのポジションでプレーしたけど、ここに来ても同じように感じた。この布陣で何度もプレーしていると、どのように機能するのか、何を求められているのかがわかってくるんだ。

あなたは、チェルシーやイングランドのユースで、メイソン・マウントやリース・ジェイムズといった選手と一緒にトロフィーを獲得しました。彼らがシニアチームで活躍する姿を見て、自分も同じことができると確信したのでしょうか?

そうだね、彼らがランパードにチャンスをもらっているのを見ていた。そのおかげで、自分もできるというモチベーションが高まった。彼らとはユース時代から一緒にプレーし、多くのトロフィーを手にしてきたから、ここまで来るモチベーションになったし、これからも止まることなく、もっと上を目指していきたい。お互いにモチベーションを高め合えるのは良いことだ。それが自分にハングリー精神を与えてくれたからね。

あなたはシエラレオネで生まれました。そこでサッカーを始めたのですか、それともイギリスに移ってからですか?

移住したのは3歳か4歳くらいだった。当時は、サッカーはまったく好きではなかったんだ。兄はいつもサッカーをしていて、シエラレオネにいたときも、いつもボールを蹴っていた。イングランドに移住してから、兄は公園でプレーするようになり、コミュニティ・トレーニングでスカウトされた。それ以来、サッカーが気に入って学校でプレーするようになり、同じようにチェルシーに来ることになった。サッカーを始めたのは兄の影響だったんだ。