セサル・アスピリクエタとウィリアンは今夜のヴァレンシア戦に出場すればチェルシー通算ヨーロッパ50試合出場を達成。国外出身でこの数字に到達した選手は多くない。

1997年にFA杯を制覇して以降、チェルシーはヨーロッパの舞台で活躍してきた。チャンピオンズリーグ、UEFA杯/ヨーロッパリーグ、カップウィナーズ杯のいずれにも出場しなかったのは2016/17シーズンの1度のみだ。

その間にチェルシーはヨーロッパで4度にわたって主要タイトルを獲得。スーパー杯を含めればその数字は5度となる。海外出身選手の中でヨーロッパ通算50試合出場を達成したのは6人だ。

最多はペトル・チェフ。2003年夏にレンヌから加入すると、世界一のGKの座を掴みとることに。チェルシーでは12年にわたりUEFA主催大会105試合に出場した。

2012年のチャンピオンズリーグ決勝戦では強敵バイエルン・ミュンヘンと相手の本拠地で対戦。この逆境にもチェフは動じない。幾度となく訪れたバイエルンの猛攻をしのぐと、延長戦には元チェルシーのチームメイト、アリエン・ロッベンのPKを止めてみせた。

続くPK戦ではイヴィツァ・オリッチとバスティアン・シュヴァインシュタイガーのシュートをセーブし、チェルシーをチャンピオンズリーグ制覇へと導いた。

その1年後にはヨーロッパリーグ制覇へ貢献したチェフ。バルセロナ戦ではリオネル・メッシに1点も許していない。

ディディエ・ドログバは74試合に出場。2011/12シーズンのチャンピオンズリーグではヴァレンシア、ナポリ、バルセロナ、そしてバイエルン相手に決勝ゴールを決めてみせた。バイエルン相手には敗戦かと思われた試合終了間際にヘディングで同点弾を叩き込むと、続くPK戦では最後のキッカーに。これを落ち着いて沈め、チェルシーをクラブ史上初のチャンピオンズリーグ制覇へと導いている。

マルセイユから加入したドログバはPSG戦でヨーロッパデビュー。2006年にはバルセロナ相手にネットを揺らすと、レヴスキ・ソフィア戦ではクラブ唯一となるチャンピオンズリーグでのハットトリックを達成。2年後にはリヴァプール戦で決勝ゴールを決め、チェルシーをクラブ史上初のチャンピオンズリーグ決勝戦進出へと導いた。ドログバはクラブ史上最高の選手のひとりといえるだろう。

ブラニスラヴ・イヴァノヴィッチは66試合に出場。守備の要として活躍したイヴァノヴィッチだが、持ち前の得点能力で何度もチームを救っている。

セルビア代表ライトバックのイヴァノヴィッチは2008/09シーズンのチャンピオンズリーグ準々決勝、敵地アンフィールドでリヴァプール相手に2ゴールを決め勝利に貢献。2011/12シーズンのナポリ戦では延長戦に決勝ゴールを挙げている。ミュンヘンでの一戦は出場停止となったものの、クラブのレジェンドとして歴史に名を刻んでいる。

翌シーズンのヨーロッパリーグ決勝戦ではベンフィカを相手に試合終了間際に決勝点。試合後、クロスバーに登って優勝を祝うイヴァノヴィッチの姿は誰の心にも刻まれているはずだ。

ジョン・ミケル・オビは守備的なミッドフィルダーとしてディフェンス陣を牽引。65試合に出場し、ミュンヘンでも持ち前の守備力でチャンピオンズリーグ制覇に貢献している。

2015/16シーズンのPSG戦ではゴールも決めたミケル。この試合は敗れたものの、数少ないミケルのゴールを覚えているファンは多いだろう。

最後の2人はともに55試合出場。両者ともヨーロッパリーグ制覇に大きく貢献している。

エデン・アザールはヨーロッパリーグ決勝、アーセナル戦がチェルシーでのラストゲームとなった。バクーで行われたこの一戦ではアザールが2ゴールを挙げアーセナルを沈めた。4-1と勝利したチェルシーは6年間で2度目のヨーロッパリーグ王者に輝いている。

チャンピオンズリーグの歴史に刻まれるゴールを決めたのはラミレス。2012年、敵地カンプノウで行われた準決勝ではチップキックで鮮やかにネットを揺らしてみせた。

2戦合計2-1とビハインド、さらに10人となったチェルシー。苦しい状況の中でフランク・ランパードからパスを受けたラミレスは相手GKヴィクトル・ヴァルデスの頭上を狙ったシュートで反撃。この試合で警告を受けたため決勝戦では出場停止となったものの、ラミレスのゴールがチェルシーを救ったことは間違いないだろう。