日曜日、チェルシーはクラブ史上9回目となるリーグカップ決勝でウェンブリー・スタジアムにてリヴァプールと対戦し、6度目のトロフィー奪取に挑む。

近年、チェルシーはカラバオカップとして知られるリーグカップで大会の終盤まで勝ち抜くことが多いが、それは常にそうだったわけではなく、時間とともに徐々により多くの成功を収めるようになってきたのだ。

日曜日の決勝戦を前に、ブルーズの過去8回のリーグカップ決勝を振り返ってみよう。

1965年 - チェルシー 3-2 レスター(2試合合計)

チェルシーが初めて決勝に進出したのは、リーグカップが始まってからまだ5年目のことだった。当時はまだ、ビッグクラブが参加しない任意参加の大会であり、2回戦制のためウェンブリーへの遠征はなく、優勝チームがヨーロッパ出場権を獲得するようになったのは2年先のことだった。しかし、トミー・ドハーティ監督率いる貪欲な若きブルーズにとっては、そんなことは問題ではなかった。

スタンフォードブリッジでのスリリングな第1戦では、(まだ選手交代のない時代、)アラン・ヤングの負傷により試合の大部分を10人で戦ったにもかかわらず、ボビー・タンブリングとテリー・ヴェナブルズのPKで2度リードを奪うことに成功した。その後2回同点に追いつかれたチェルシーだったが、81分に左サイドバックのエディ・マクレディーが60ヤードのドリブルで独走し、勝利を決定づけた。

3週間後、フィルバート・ストリートでは0-0の引き分けに終わったが、ブルーズはリードを守り続け、クラブ史上初のカップ戦での勝利を手にし、選手たちはメダルの代わりに贈られた銀のタンカー(大型ジョッキ)で祝杯した。

1972年 - チェルシー 1-2 ストーク・シティ

チェルシーの歌「ブルー・イズ・ザ・カラー」が生まれたのはこの50年前の決勝戦だったが、残念ながらトロフィー獲得とはならなかった。レスターを破ったチームの若手3人、ピーター・ボネッティ、ロン・ハリス、ジョン・ホリンズは、7年後にストークと対戦した時も出場したメンバーでもあり、その頃には決勝はウェンブリーでの1発勝負となっていた。

その間に彼らは1970年のFAカップ、1971年のカップウィナーズカップで優勝していたが、3シーズン連続でトロフィーを獲得しようとしたチェルシーの試みは、レスターのメンバーとして数年前にチェルシーに敗れた伝説のイングランド人GKゴードン・バンクスが、不安定でフィジカルのぶつかり合いとなった決勝戦で連続セーブを見せ、リベンジを果たした。

まずストークがロングスローからのプレーで先制したが、ハーフタイム直前にピーター・オズグッドが同点ゴールを決めた。一時はチェルシーが優位に立ったが、2点目は奪えず、ポッターズが決勝ゴールを決めて優勝をさらった。

1998年 - チェルシー 2-0 ミドルスブラ

チェルシーがウェンブリーで初めてリーグカップのトロフィーを掲げ、その悔しさを晴らすチャンスが訪れるのは、それから25年以上後のことである。前シーズンのFAカップ決勝では同じ相手を2-0で下していたが、チェルシーは準決勝の2試合の間に監督がルート・フリットからジャンルカ・ヴィアッリに替わっていたのである。

長い間、この決勝戦はいつもとは全く違うものになるかと思われたが、後にチェルシーのGKとなるマーク・シュワルツァーが負けを認めず、90分間はゴールレスで終了した。延長戦では、DFフランク・シンクレアがデニス・ワイズの魅力的なクロスに頭で合わせ、ボロとのFAカップでも序盤に得点したロベルト・ディ・マッテオがこの試合の107分に2点目を決めるなど、相手を引き離した。

2005年 - チェルシー 3-2 リヴァプール

リヴァプールとの過去唯一の決勝戦は、カーディフのミレニアム・スタジアムにロマン・アブラモヴィッチ時代最初のトロフィーをもたらしたが、この試合も延長戦での勝利という厳しい結果を強いられた。しかし、この死闘を制したことが、そのシーズン後の50年ぶりのリーグタイトルへの道を切り開くこととなった。

前半1分にヨン・アルネ・リーセがチェフを破る先制点を決めチェルシーにとっては厳しい展開となったが、リヴァプールのキャプテン、スティーブン・ジェラードがパウロ・フェレイラのフリーキックを自軍のネットに突き刺し、試合は延長戦に突入した。

ジョゼ・モウリーニョはゴールセレブレーションで退場処分を受け、延長30分をピッチサイドで見ることができなかったが、この時間帯に試合のペースを完全に掌握したのはブルーズだった。ディディエ・ドログバとマテヤ・ケズマンがディフェンスのミスを冷酷に罰し、2点のリードを奪い、アントニオ・ヌニェスに1点を返されたが、チェルシーが見事トロフィーを獲得した!

2007年 - チェルシー 2-1 アーセナル

この試合では序盤に先制された後、ジョン・テリーが顔にブーツを受けて意識を失い病院に運ばれ、チェルシーのジョン・ミケル・オビを含む3人の選手がロスタイムの乱闘で退場となってしまったが、幸い延長戦の必要はなかった。

17歳のセオ・ウォルコットがエリア手前でディフェンスをかわし、アーセナルにアドバンテージをもたらしたが、リードはわずか8分で、ドログバがミヒャエル・バラックのパスを受け、オフサイドの気配があったものの、同点に追いついた。

フランク・ランパードの遠距離からの強烈なヘディングシュートはクロスバーに阻まれたが、試合終了10分前にドログバがアリエン・ロッベンのクロスを見事なヘディングで決め、重要な局面で常に頼れるフォワードであることを示した。

2008年 チェルシー 1-2 トッテナム

翌年、再建されたばかりのウェンブリー・スタジアムで開催されたリーグカップ決勝では、ロンドンのライバル、トッテナム相手に36年ぶりに敗北を喫した。

ドログバが30ヤードのフリーキックをゴール下隅に決め先制したが、スパーズはその前に何度もポストに当たるシュートを放っており、いくつかのチャンスを無駄にしていた。しかし、エリア内で跳ね返ったボールをウェイン・ブリッジが手で触りPKとなり、それをディミタル・ベルバトフが決めて、ゲームは延長に突入した。

トッテナムは延長にフリーキックからチェフが弾いたボールがジョナサン・ウッドゲートに当たりゴールを決め、チェルシーは反撃を見せるも、サロモン・カルーがゴール前でスルーパスを出した瞬間に主審が試合終了の笛を吹き敗退となった。

2015年 チェルシー 2-0 トッテナム

リーグカップ決勝でトッテナムにリベンジするチャンスは7年後に訪れたが、ジョン・テリーのリーダーシップと、ネマニャ・マティッチの出場停止によりセンターバックから守備的MFにコンバートされたクル・ズマを軸に、戦術的かつコントロールされたパフォーマンスで、トロフィーを勝ち取った。

まずスパーズの序盤の攻撃を無事に抑え、さらにはハーフタイム直前にトッテナムがフリーキックをクリアし損ねた際にテリーが自身初の決勝ゴールを決めるなど、この戦術が功を奏した。

ブルーズはこのままリードしたままで、その後ウィリアンとセスク・ファブレガスの見事な連携プレーの末、ジエゴ・コスタが狭い角度から放ったシュートがカイル・ウォーカーに当たってゴールとなり、見事2-0で勝利しトロフィーを収めた。

2019年 - チェルシー 0-0 (PK:3-4) マンチェスター・シティ

残念ながら、直近のリーグカップ決勝戦はハッピーエンドとはならず、盛り上がりに欠ける試合の末にPK戦で敗退となった。エデン・アザールは偽9番としてベストを尽くしたが、数的不利で孤立し、一方マンチェスター・シティはセルヒオ・アグエロがネットを揺らしたが、オフサイドの判定で無効とされた。

ケパ・アリサバラガがPK戦のためにピッチに残るかどうかで数分間混乱した後、シュートアウトに突入することになった。チェルシーは、ケパがリロイ・サネのシュートを阻んだにもかかわらず、ダビド・ルイスのシュートがポストを叩き、ジョルジーニョがエデルソンにセーブされ、最も信頼できる選手2人が失敗し敗退が決まった。