チェルシーでともに多くのタイトルを勝ち獲ったフランク・ランパードとジョン・テリーが、それぞれチェルシーとアストンヴィラのコーチングスタッフとしてスタンフォードブリッジで顔を合わせることに。今回はブルーズのレジェンドである2人にまつわる5つの真実をチェックしよう。

最高のパートナー?

守備の要としてチームを牽引したテリーと、中盤から攻撃を形作ったランパード。しかし、テリーがチェルシーアカデミーに加入した14歳の時点では、テリーの本職はミッドフィルダーであった。お馴染みの最終ラインでプレーしたきっかけは、数年後のリザーブゲームでディフェンダーが不足したからだ。中盤でプレーできる才能を持ち合わせていたテリーだが、最終ラインにポジションを移したことは幸運だったかもしれない。もしもテリーが2001年にミッドフィルダーとしてプレーしていたら、チェルシーはランパードのような中盤の選手を獲得しなかっただろう!

ロンドン東部育ち

テリーとランパードといえばチェルシーで残した数多くの成功が思い出されるが、2人がフットボールのキャリアを歩み始めたのはロンドンの東側、ウェストハムだった。ウェストハムのアカデミーで成長したランパードは1996年1月にファーストチームデビューを果たすと、その後6年間にわたってプレー。一方のテリーは少年時代にウェストハムとチェルシーの両クラブでトレーニングに参加していた。しかし、その後テリーはランパードがファーストチームデビューを果たす直前にチェルシーのアカデミーへ加入した。

クラブと代表でともに躍動

チェルシーで20年間にわたって活躍したランパードとテリーだが、イングランド代表でもその存在感は顕著だ。2人合わせて代表通算184試合に出場しており、テリーが代表から早期に引退をしていなければ、その数字はより大きくなっていただろう。2人は3つの主要大会でともにプレー。2012年のEUROではランパードが負傷により離脱したため、ピッチでの共演はならなかった。ランパードは2004年のEUROで、テリーは2006年のW杯でそれぞれ大会ベストイレブンに選出されている。

イングランド最高の2人

互いを知り尽くしているテリーとランパード。海外出身選手が多くを占めるチームの中で、イングランド出身の2人は一際大きな存在感を放っていた。トレーニングではペアを組むことも多かったようだ。互いにニックネームで呼び合い、ミニゲームで勝利した際には喜びを爆発させていた。

仲間か、ライバルか

今夜のアストンヴィラ戦以前に、2人は指導者として3度にわたって対戦。昨シーズンのチャンピオンシップ昇格プレーオフ決勝戦では、アストンヴィラがダービーを破っている。また、テリーとランパードは選手時代にも3度対戦。2014/15シーズンにはランパードがマンチェスター・シティの選手としてネットを揺らし、試合は1-1に終わった。しかし、初めての対戦は2001年3月まで遡る。試合終盤に若きテリーがグレアム・ル・ソーに代わって投入されると、ランパード擁するウェストハムに2-0で勝利している。当時はジョー・コールもウェストハムの一員としてピッチに立っていた。