ウルグアイ人MF、グスタヴォ・ポイェはチェルシーで活躍した南米のスーパースター第1号だ。今週末、チェルシーはブライトンと対戦するが、このブライトンでポイェは監督を務めた経験もある。ここではチェルシーでポイェが達成してきた偉業を振り返る。また、他の有名な南米出身の選手についても触れていく。

中にはスリナムで産まれ、オランダでフットボールを学んだケン・モンコウが初代のスーパースターだと主張する人々がいるが、クラブは初代南米スーパースターの栄光をポジェへと与えた。

そのポジェはチェルシーで背番号8を背負い、ゴールを多く奪ったが、この流れを作った本人だといっていいだろう。そして背番号8を引き継いでさらに得点を量産したのが現チェルシー監督のフランク・ランパードだ。

事実、ポイェはチェルシーで145試合に出場し、49ゴールをマーク。この数字はフランク・ランパードの得点の割合に匹敵する。フリーでチェルシーに加入してきたことを考慮すると、ポイェの獲得はクラブ史上最も良い買い物だったと言えるだろう。

ポイェはタイミング良く、適したポジショニングでゴールを奪うコツを知っていた。最も印象深いゴールはサンダランドとの一戦で記録したアクロバティックなゴールだろう。そのサンダランド戦でのポジェのゴールはプレミアリーグで最高のゴールだった。

1999/00シーズン、ポイェは2000年のFA杯でチームの得点王に輝き、チェルシーはかつてのウェンブリー・スタジアムで最後にトロフィーを掲げたチームとなった。また、マンチェスター・ユナイテッドを5-0で下したゲームでは30秒でゴールを奪ってみせたポジェ。

1995年、コパ・アメリカを制したウルグアイ代表のポジェはスタンフォードブリッジのドレッシングルームリーダーのうちの一人であった。彼はいつもラジオを聴いていたため、ラジオというニックネームで親しまれていた。ちなみポイェといえば、レアル・サラゴサ時代の1994/95シーズン、カップウィナーズカップ決勝でアーセナルを下しているのも忘れてはならない!チェルシーで300試合出場を達成したウィリアンに加え、ウィリー・カバジェロ、ブラジル出身でイタリア代表のジョルジーニョ、そしてエメルソン・パルミエリなど現在のチェルシーには南米出身の選手が多く在籍している。

実際、当時クラブにとってもサポーターにとってもポイェのような南米出身の選手は珍しかった。

ブラジル人のアレックスはカルトヒーローに分類される。フットボール専門家は「ネットに突き刺さったままだった」というフレーズでアレックスのキック力について話すのを好んだ。アレックスの強烈なフリーキックがゴールに叩き込まれた時、ある子供が突き刺さったままだ!と表現した。チャンピオンズリーグで4-4のドローで終えたリヴァプール戦とアーセナル戦では観客が目を見開き、あんぐりと口を開けてしまうような強烈なキックを披露した。

センターハーフとして、ボクサーのパワーとバレリーナの優美さを兼ね備えていたアレックス。そのアレックスはシーズンダブルを達成した2009/10シーズン後半、JTにとって良いパートナーであることを証明して見せた。

チェルシーへと加入する3年前、エルナン・クレスポは当時、セリエA史上最高額となる金額でパルマからラツィオへと加入。しかし、クレスポはチェルシーでプレーした2年間では、思うような結果を残すことができず、ミランへと1年の期限付き移籍。そのセリエAではゴールゲッターとしての輝きを取り戻した。

クレスポは計算された動きでディフェンダーのマークを一瞬にして振り切り、ゴールを奪っていた。「サポーターたちは素晴らしかったよ」と数年後に思い起こしたクレスポ。「『ハロー、ハロー!エルナン・クレスポ、エルナン・クレスポ!』と歌ってくれるサポーターたちに自分は何かを与えたいと思っていたし、リスペクトもしていたよ」

2012年の夏、オスカルが加入した際、さほど期待はされていなかったが、オスカルもまたサポーターたちを魅了。しなやかなMFであるオスカルには当初、全員が期待を寄せているというわけではなかった。

オスカルはトリックとフリックを駆使し、サンバを彷彿させるようなプレーをみせた。フィジカルを中心とするチームとのゲームでは、オスカルは自身の体格以上のフィジカルを披露。

現代のプレーメイカーであるオスカルは粘り強くプレッシャーをかけ続け、ポゼッションにも長けているという特徴を持つ。しかし、彼はゴールを奪うことも得意とし、チャンピオンズリーグでの自身のデビュー戦、ユヴェントスを相手に決めたゴールを含むクラブ年間最優秀ゴール賞を2度受賞。

オスカルがクラブ年間最優秀ゴール賞を2度獲得している一方、ラミレスもまた2度受賞している。

実際のところ、ラミレスの受賞はさほど驚くことではない。5年間と半年に渡ってブルーズの一員としてプレーしたラミレスは国内主要タイトル全てを獲得し、欧州も制覇。ラミレスが注目を集めたのはクルゼイロ時代であった。彼は無尽蔵のスタミナと、チームの重要な役割を担うための凡庸性も兼ね備え、ブルーズの偉業達成に貢献。そのラミレスもまた、スーパーゴールで脚光を浴びた。

ブルーズがチャンピオンズリーグのタイトルを獲得してから7年が経つ。ラミレスがカンプ・ノウでヴィクトール・ヴァルデスの頭上を越える華麗なチップシュートを決めていなかったら、ブルーズのチャンピオンズリーグのタイトル獲得は成し得なかったことだろう。そのゴールが2年連続2回目となるクラブ年間最優秀ゴールに選ばれ、ラミレスの輝きを証明してみせた。