エリザベス二世女王陛下の逝去を受け、ここでは女王とチェルシーFCのつながりを振り返る。

王室とのつながりは、クラブにとって文化的な遺産である。1907年の春、当時の皇太子一家がチェルシーを訪れたことが、当初の明るいイートンブルーのシャツカラーから、それ以来毎シーズン着用している、より威厳のある色合いへの移行を促したのかもしれない。

この日は、後にエリザベス2世の祖父となるジョージ5世もスタンフォードブリッジを訪れ、ロンドンの野心的な新クラブを支援したと伝えられている。1920年12月、チェルシーの選手だったジャック・コックは、アーセナルと1-1で引き分けたスタンフォードブリッジのメインスタンドに国王がいたことをGlobe誌のコラムに記している。

「国王は試合終了まで残り、観客と一緒にスタンドから出てきた」と彼は書いている。「6万人の観衆の中で、彼以上に試合を楽しんだ者はいなかった。ある従者から、王はいつも試合の後、チェルシーの様子を伺っていたと聞いた。」彼の息子で女王の父であるジョージ6世もチェルシーのファンだったと言われている。

ある時、マンチェスターの新聞が、王室が頻繁にブリッジに訪れているのだから、ゲートの上に「王室の予約」というサインを出すべきだと皮肉った。実際、クラブと王室との最も密接な関係は、近くの王立病院(チャールズ2世が退役軍人のために設立)の緋色のジャケットと同じ色のユニフォームを着ていたことで、病院関係者たちは1世紀以上にわたってホームマッチのチケットを手にしてきたのだった。

しかし、チェルシーには故女王との間に大きな絆がある。エリザベス女王は、戦時中の1945年4月7日、FAカップに相当するフットボールリーグ(サウス)カップの決勝戦を家族とともにウェンブリーで観戦したのだ(写真上)。この試合は、エリザベス女王が初めて観戦したクラブサッカーの試合で、その日(そして戦術)の付き添いをしていたのが、チェルシー副会長のA Vアレキサンダー議員(第一提督公)であった。

エリザベス女王は国家元首として、その後のチェルシーのFAカップ優勝の際にはトロフィーを贈呈することはなかった。1970年の決勝戦では、エリザベス女王の妹であるマーガレット王女がロイヤルボックスの当番だったが、再試合の際にはFA会長のアンドリュー・スティーブン博士から勝利したブルーズにトロフィーが贈られた。女王の孫であるウィリアム王子は、最近の決勝戦でもその任務を遂行している。

しかし、エリザベス女王は国家栄誉賞の授与式でチェルシーの選手やスタッフに会っており、特に女王の逝去の際に「言葉を失った」と語ったチェルシー女子監督のエマ・ヘイズには2016年にMBEを、ジャンフランコ・ゾラには2004年に名誉OBEを授与している。

ローマで行われた大使館のレセプションでゾラを紹介された女王は、「ああ、イタリアの偉大なサッカー選手ね」と語った。今週、そのエピソードについて振り返ったゾラは、彼女があまりに熱く語っていたことに驚きを隠せなかったが、すぐに女王の誰に対してもそのように接していたことを理解したと述べ、「彼女は素晴らしい女性で、どんなことにも常に精通していた」と語った。

添えられた書簡には、「チェルシー・フットボールクラブの歴史において、最も永続的で人気のある外国人選手であり、優れた大使であり、若いファンにとって理想的なモデルである」と記されている。この言葉の多くは、エリザベス女王の長い治世に当てはまる。

1945年のウェンブリーでは、9万人の観衆が「God save the King」を熱唱した。そして今後ブルーズが到達すべきFAカップの決勝でも、同じことが繰り返されることだろう。