アフリカにルーツを持ち、ドイツで難民の子供として育ったアントニオ・リュディガーが特にこのコロナ禍の中、社会に貢献することが必要であると強調した。

リュディガーはドイツの首都ベルリンで生まれ育ち、代表レベルでもドイツ人としてプレーするが、アフリカのルーツを忘れず二つの祖国を持つことを誇りにしている。更にシエラレオネに戻った両親の影響とベルリンの最も貧しい地区で育ったことが自身のチャリティー財団を創立する原因となったことについても語った。

「ドイツで生まれ育ったが、自分の中にもう一つの国があることも認識しているし、そのことについて100%誇りに思っている」と説明するリュディガー。

「自分はベルリンのノイケルン地区で生まれ育った。多くの難民が居住する厳しいエリアで、両親もシエラレオネの内戦から逃れてドイツに移住した。この地区で育つことは良い面も悪い面もあるけど、自分にはサッカーがあったから問題はなかった。非常に貧しい環境にいたからとても幸運だと思うし、誰かを助けることができるなら恩返しすることが大事だ。だからシエラレオネやドイツだけでなく世界のために兄弟と一緒に財団を立ち上げた。これが自分だし、そういう風に両親に育てられた。難しい時期もあったけど両親にはいつも『貧しい人を助ける人になりなさい』と言われてきたし、そのことをずっと頭の中で考えていた。有名になるためではなく、やりたいからやっているんだ。」

リュディガーの慈善活動はコロナ禍におけるここ一年で更に活発化し、パンデミックの中最前線で任務を全うする医療従事者への感謝も忘れない。

「最初のロックダウンの時に生まれた病院に連絡を取って何かできることはないかと尋ねたら、『3ヶ月間最前線で働いている人たちのために食費を払ってくれると嬉しい』と言われた。それが自分がしたかったことで、自分が生まれた病院ということもあったからチームメイトと一緒に寄付をした。」

「数か月前に第2波が来たときも、そこだけでなくドイツ中の病院に食料を提供した。シエラレオネにもマスクを送った。ヨーロッパで起きていることがアフリカでも起きたら大変だと思ってできる限りのことをした。」

リュディガーは病院の医療従事者だけでなく、その他の分野でも最前線で尽力する人たちに感謝の意を表し、更にパンデミックの中でファンはスタジアムで観戦できないが、サッカーを続けられるのはサッカー協会や政治家のおかげであると語る。

「コロナウイルスによりすべての人にとってサッカーは変わってしまった。サッカーをし続けているけど、アマチュアリーグのようで変に感じるんだ。サッカーはファンがあってこそだし、彼らの応援や相手ファンのブーイングがモチベーション維持に繋がる。今はこれがなくて寂しい。だけどFAはサッカーを続行させるために全力を尽くしているし、ウイルスと闘い続けている政治家やスタッフにも感謝したい。」