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エデン アザール

BIOGRAPHY

エデン・アザールは2005年からプレーしていたフランスのリールから2012年6月、チェルシーに加入。クルトワ、ルカク、ケヴィン・デ・ブライネに続き4人目のベルギー人選手となった。 

欧州強豪クラブが獲得を争う中チェルシーに移籍してきたアザールには、当然ファーストシーズンから大きな期待が寄せられていた。蓋を開けてみればPFA年間最優秀選手賞ノミネート、プレミアリーグシーズンベストイレブンに選出とその期待に十分見合う活躍をしてシーズンを終えたのだった。 

速さと巧さを兼ね備えたアザールは、次々とディフェンダーを抜き去っていく。両足で正確なボールを蹴ることができ、アシストだけでなく自らネットを揺らすことも多い。2012/13シーズンは13ゴール25アシストという結果だ。 

チェルシーでの2年目にはさらなる飛躍。クラブ得点王になると、クラブの年間最優秀選手賞を受賞、PFA年間最優秀若手選手賞にも輝いた。3年目には個人賞を5つ手にし、プレミアリーグ、キャピタルワンカップに優勝している。2015/16シーズンは順調に成長を遂げたアザール。さらに2016/17シーズンにはリーグ優勝に貢献し、再度チェルシーの年間最優秀選手に選出された。

プレミアリーグ屈指の選手であるアザールは、代表チームでキャプテンを務めている。
 

2012/13

プレミアリーグデビューはウィガン戦。開始6分で2点をアシストする。まずはディフェンダーをかわしイヴァノヴィッチの先制点をアシスト、続いてエリア内でファウルを誘いPKを獲得、フランク・ランパードがこれを沈めた。 

続くレディング戦でもPKを獲得、フランク・ランパードがこれを決めて均衡を破る。さらにイヴァノヴィッチの得点もアシストし4-2の勝利に貢献した。 

チェルシーでの最初のゴールはPK、2-0で勝利したニューカッスル戦でのことだった。またオープンプレ―からの得点は4-1で快勝したノリッチ戦。カウンターからマタのパスを受けてネットを揺らした。その2週間後、スパーズ戦で今度はアザールがディフェンス陣を切り裂きマタの得点をアシストしている。 

さらにクリスマス直前の8-0で勝利したアストン・ヴィラ戦、また年明けのストーク戦では見事なゴールも決めている。

キャピタルワンカップ準決勝第2戦のスウォンジー戦ではボールボーイへの行為でチェルシー移籍以来初のレッドカード、3試合の出場停止処分を受けている。 

この処分に奮い立ったアザールは復帰以降さらに活躍を続ける。ヨーロッパリーグのスパルタプラハ戦では後半から目覚ましいパフォーマンスを見せロスタイムに得点、チームのベスト16進出に貢献した。 

FA杯マンチェスター・ユナイテッド戦では後半からピッチへ入り流れを変え、またウェストハム戦ではシーズンベストゴール候補にもあがるゴールをあげている。 

素晴らしいパフォーマンスでシーズンを終えたアザール、チームの好成績を支える活躍を見せた。 

しかしシーズンも残り2試合となったアストン・ヴィラ戦、フランク・ランパードのゴールをアシストするとハムストリングを負傷。ヨーロッパリーグ決勝を欠場することとなる。それでも十分記憶に残るシーズンとなったのは間違いない。 

 

2013/14

プラハでのUEFAスーパーカップ2013、バイエルン・ミュンヘン戦でアザールはチェルシーの2点目を決めた。 

10月から11月頭にかけて6試合で5ゴールという活躍でジョゼ・モウリーニョ新監督のもとそのポジションを確かなものにした。12月のサンダランド戦では2ゴール1アシストで4-3の勝利に貢献。監督も諸手をあげて賞賛、メディアもいま最も輝いている選手と評価した。 

アザールの勢いは止まらない。2013年から2014年にかけてはスウォンジー戦、リヴァプール戦、ハル戦とネットを揺らし続くニューカッスル戦ではチェルシーで初となるハットトリックを達成。アウェイのマンチェスター・シティ戦でも1-0の勝利に貢献している。 

1月のマーケットでマタがマンチェスター・ユナイテッドへ移籍し、ますますモウリーニョにとって欠かせない戦力となったアザール。 

フルハム戦ではアンドレ・シュールレのハットトリックを手助け、3月頭にはプレミアリーグ首位にまで登り詰める。ロンドンのライバル、トッテナム、アーセナル相手にもPKを沈め、欧州大会でも活躍を続ける。 

チェルシー加入後2年目にしてアザールはクラブの年間最優秀選手賞を受賞。

photo of マイルストーン マイルストーン

2014/15

2014/15シーズンのアザールは、チェルシー歴代でも最も多い個人賞を手にした。 

個人賞だけでなく、チームとしてもプレミアリーグ、キャピタルワンカップ優勝を経験。 

公式戦全54試合のうち5試合を除いてスタメン出場、モウリーニョのもと欠かせないレギュラーメンバーとなった。 

アザールのシーズン初ゴールは2-0で勝利したレスター戦。続くエヴァートン戦ではオウンゴールを誘った。アザールの活躍でチームは開幕4連勝、特にスウォンジー戦でのパフォーマンスはモウリーニョからも高評価を得ている。 

監督からシーズンを通して起用されると、チームに大きく貢献した。

リーグ戦では全試合スタメン出場を果たし、2014年末にはハル、ダービー、サウサンプトンを相手に連続ゴール。年始、5-3で敗れたスパーズ戦でも個人技からネットを揺らしている。 

2015年2月には新たに5年契約にサインし、キャピタルワンカップ決勝ではフル出場、トッテナムを破っている。 

負傷離脱が増えチームのパフォーマンスが苦しくなる中、アザールは好調を維持。2月から4月にかけてアウェイゲーム4連勝のうちヴィラ、ウェストハム、ハル相手に3試合ゴールでチームを支え、QPR戦ではセスク・ファブレガスの決勝点をアシストした。 

ロフタスロードでの勝利のあと、マンチェスター・ユナイテッドを相手に決勝点をマーク。PFA年間最優秀選手賞を受賞すると、PFA年間ベストイレブンにも選ばれている。 

クリスタルパレス戦ではセーブされたPKを押し込んで優勝を決めるゴールを記録。 

続いてフットボール記者協会年間最優秀選手賞、バークレイズプレミアリーグ年間最優秀選手賞も受賞。 

シーズン終了後には2度目となるクラブの年間最優秀選手賞に輝き、選手選抜の年間最優秀選手賞も手にした。 

まさに完璧に近いシーズンとなっている。 

 

2015/16

大活躍に終わった2014/15シーズンの再現は難しいと予想される中、結局はシーズン終盤までその本領を発揮するには至らなかった。 

2015年12月、ジョゼ・モウリーニョの最終戦となったレスター戦での腰の負傷もあり、怪我によりピッチから離れる時間が続くと、3月のチャンピオンズリーグ敗退後、フース・ヒディンクのもと6週間の回復期間を与えられる。 

シーズン序盤に2本のPKを失敗(1本はリーグ杯のPK戦)したこともあり、シーズン初ゴールは1月のMKドンズ戦。同じくカップ戦にてマンチェスター・シティ相手にはフリーキックからネットも揺らしている。オープンプレーからの初ゴールは4月、ボーンマス戦でのことだった。 

すると続くスパーズ戦ではシーズンベストゴールも決める大活躍。これでレスターの優勝が決まり、ライバルの夢を砕く一発にもなった。またアンフィールドでも個人技から見事なゴールも決めている。 

 

2016/17

アントニオ・コンテのもと復調を果たしたアザールは、2016年10月から採用された3-4-3システムでも躍動。自身初となるプレミアリーグ3試合連続ゴールも記録し、こちらも初めてのプレミアリーグ月間最優秀選手賞を受賞している。 

2016年11月のミドルズブラ戦では、プレミアリーグ150試合出場を達成。またボクシングデイのボーンマス戦では、PKからクラブ通算50ゴールを記録した。 

続く51ゴール目は記憶に残る一発に。アーセナル相手にピッチ中央でボールを受けたアザールは、次々に相手をかわすと最後はペトル・チェフを破り2-0とし、最終的には3-1の快勝。なおこのゴールは、2017年2月のプレミアリーグ月間ベストゴールを受賞している。 

マンチェスター・シティ相手に2ゴール、さらにボーンマス、サウサンプトン相手にもタイトルに近づくゴールを記録。その活躍ぶりはプレミアリーグだけにとどまらず、ウェンブリーでのFA杯準決勝ではトッテナム相手にもネットを揺らし、4-2の勝利に貢献した。 

決勝では惜しくもアーセナル相手に敗戦。それでもプレミアリーグ優勝、そしてフランク・ランパードに並ぶ3度目のクラブ年間最優秀選手賞を受賞してシーズンを終えた。しかしその直後、残念なニュースが。2017年6月頭、ベルギー代表での練習で右足首を骨折。3ヶ月の離脱を余儀なくされている。


2017/18

アウェイのレスター戦で怪我から復帰を果たすと、クラブ通算250試合出場を飾った。10月中旬にシーズン初ゴールが生まれると、上り調子に。マンオブザマッチにも幾度となく選出されてきた。

新境地を開拓。秋にはアルヴァロ・モラタと2トップを組み、ウェストブロム戦ではモラタのアシストから2ゴールを決めている。偽9番やワイドのポジションもこなしてきた。

12月のニューカッスル戦で2ゴールを決めると、クラブ通算得点数を80に伸ばし、ジャンフランコ・ゾラと肩を並べた。アザールはゾラより45試合少ない状態での到達だった。ブライトン戦ではリールとチェルシー合わせて、リーグ戦通算100試合出場を果たした。2018年になっても見事なゴールを量産している。

チェルシー加入前

1991年1月7日、ベルギーのラ・ルヴィエールで産声を上げた。なお両親は共にプロのフットボール選手だった。 

ロイヤル・スタッド・ブレイノ、テュビズでユースレベルを経験すると2005年にはリールへ移籍。 

その2年後、2007/08シーズンには交替出場を続けると、翌シーズンにはファーストチームのレギュラーポジションを確保。17歳で年間最優秀若手選手賞を受賞する。 

2009/10シーズンも活躍は止まらない。2年連続で年間最優秀若手選手賞を受賞、リーグ1の年間ベストイレブンにも選出される。 

2010/11シーズンは出だしに躓きつつも、リール時代で最も記憶に残るシーズンに。ベルギー代表監督ジョージ・リーケンスが公然の場でアザールを批判、リールから2ヶ月の間スタメン落ちすることとなった。 

しかしこの苦境を乗り越えるとチームに不可欠な存在にまで成長、リーグ、カップのダブル達成を果たし年間最優秀選手賞を受賞した。 

ジネディーヌ・ジダンを彷彿とさせるプレーに、欧州ビッグクラブが声をかけるのはもはや時間の問題だった。 

リールでの最後のシーズン、アザールはジョー・コールとチームメイトに。48試合に出場し21ゴール18アシストを決め、モンペリエ、PSGに続く3位でリーグをフィニッシュ。チャンピオンズリーグ出場権を得た。 

リール最後の試合、ナンシー戦ではキャプテンバンドを巻き、前半のうちにハットトリックを決める。4年連続で高いパフォーマンスを見せたアザールは各賞を総なめ、またも年間最優秀選手賞に輝いた。 

代表歴

アザールがベルギー代表デビューを果たしたのは17歳のとき、2008年11月のルクセンブルグ戦、交替出場でのことだった。 

スタメン出場はその9ヶ月後、相手はペトル・チェフが主将をつとめるチェコ代表だった。その後は代表でもレギュラーポジションを確保していく。 

代表初ゴールは2011年10月。才能あふれる選手を抱えながらも、ベルギー代表はユーロ2012本戦出場を逃している。 

スタンフォードブリッジへと本拠地を移すその2日前、アザールはベルギー代表としてウェンブリーでイングランド代表と対戦。1-0で敗れるも記憶に残るパフォーマンスを見せていた。 

W杯予選では10試合中9試合に出場、2002年以来となる本戦出場を果たしている。 

準々決勝まで進出したブラジルでの本戦では全試合スタメン出場。しかし期待されていたほどのパフォーマンスは見せられなかった。 

それでも初戦のアルジェリア戦では見事なパスワークから、メルテンスのゴールを演出。2-1の勝利を飾っている。 

グループステージを全勝で突破すると、決勝トーナメント初戦でもアメリカ代表を下しているが、最終的にはアルゼンチン代表の前に敗れている。 

ヴィンセント・コンパニーの欠場により、主将として母国を率いて臨んだユーロ2016。ベスト16のハンガリー戦では大会ベストパフォーマンスにも数えられる活躍で、1ゴール1アシストを記録。4-0の勝利に貢献した。 

続く準々決勝のウェールズ戦でも先制点をアシストするが、3-1で逆転負けを喫している。 

ベルギー代表のキャプテンとしてW杯2018予選を戦い続けていたが、2017年夏に足首を負傷して離脱を余儀なくされている。

ジブラルタル戦にて代表復帰を果たしたアザール。その後、ベルギーはギリシャを下し、W杯本大会へ欧州組で一番乗りを決めた。